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序章

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2009年トーナメントシーンを席巻した

『タッパリング』

実は、そのタッパリング誕生における、まさに序章とでも言うべき出来事が、タッパリング発祥の09年の数年前に、やはり、あのクランクしか投げない男により行われていたと言う事実を知っているトーナメンターが果たして何人いるのでしょうか?


タッパリング元年から溯る事、数年前、場所は、またしてもJB旭川戦振替の地、レイク東条。
言わずと知れた、エレキ限定フィールド。
当時のアロハシャツを着てクランクしか投げないイカれた野郎は、12V54LBS一機掛けで、プロ戦本番前日プラクティスに臨んでいた。
流石に、バッテリー1台では心許無いので、イカれたヤツは、イカれたなりに考えて、予備のバッテリーを1台積んでいた。

特に何か面白い出来事が起こる訳でも無く、巨大クランクでのパフォーマンスもしなければ、鯉のぼりが釣れるなんて事も無く、プラクティスデイは時間が過ぎて行った。
フィールド全体を周り、本流筋バックウォーターからメインレイクまで帰って来て残り時間を見ると、まだ中途半端に時間がある。
もう一度、本流筋を上がって行きたいなと思い、バッテリーを見ると、インジケーターは赤。
当然、バッテリーを交換して、本流筋へと引き返した。
交換したバッテリーのインジケーターの色は、当然、緑色。
その時点での残り時間なら、それからバックウォーターまで行って帰って来ても、まぁ帰着時間には間に合う。

筈だった。


そう、何の捻りも無い展開で申し訳ないが、そう、バッテリー切れしたのです。
まぁ結構な認知度ではありますし、自分も頭の中には、その文言が入っていたのですが、段々とエレキのスピードが落ちて行き、魚探の電源が落ち、どうやらバッテリー切れらしいと確信した時に改めて頭の中に浮かんだ、その文言
『インジケーターの色は過信しては、いけない』
う~ん、分かっているつもりだったが、ちゃんと分かれていなかった様だ。

やってしまった。

こんな遠方まで船を引っ張って来て、前日に練習までして、沢山の時間と金を使ったのに、自分の責任とは言え、こんなマヌケな事で失格になってしまうかも知れない。

ただ、その時の装備は、タッパーではなく、ちゃんとした木製のパドルを積んでいた。
そう、タッパリングなんかじゃない、まともにパドリングできる状態だったのだ。

とは言え、バッテリー切れした地点から、帰着桟橋まで、必死にパドリングして間に合うか間に合わないかの距離。しかも、パドルは、1本のみ。

しかし、ゴチャゴチャ考えても始まらない。
希望がある以上、それに懸けるのみ!
アロハクランカー(この時はプラクティスなので、アロハではなく正確にはジャージだった。なので、ポリエステルクランカーと言った方が正しい)はパドルを手に取り、必死に漕いだ!

漕いだ!
漕いだ!
漕いだ!

途中、自分よりも遥か遠くから、エレキ全開それもハイパワーエレキ前後フル全開の選手が、何人も通り過ぎる。
その曳き波を食らいながら不安定な状態になりながらも、必死に漕ぐ手を止めない、ポリンカー!(ポリエステルクランカーを略しました)
途中、追い抜いて行く時の他選手の表情は皆一様に
「何やってんの?この人?え?ベルト巻いてる?うそ?選手?」
だった。

その反応を、まともに見る事が出来ず、必死に他選手から視線を逸らすポリンカー。

途中、それこそ、プラス30の様な、メガ引き抵抗のクランクを投げて巻いて、その抵抗で船を進めたら早いんじゃないか?とも思ったが、実行はせず。
流石に、そこまで脳はヤられていなかった。
途中、心が何度も折れそうになりながらも、気持ちを鼓舞する為に、マイソングを熱唱するポリンカー。
この時のヘビィローテーションは
『試合の前の試合~夜も俺はコンペティター~』

本流筋を必死に漕いでメインレイクまで何とか辿り着いた。
帰着桟橋まで、でも、まだ結構な距離がある。
そして、その頃から、にわかに桟橋が、ざわつき始める。
大半の選手は、プラクティスを終えて桟橋で片付けをしている。早い選手は、もう陸に上がっている。
なのに、あの沖に浮いてる船は何だ?もう時間も殆ど無いのに何故あんなに遅い?
?おい
もしかして?
漕いでる?
あいつ漕いでるよ!

騒然とする桟橋。

何名かの選手は桟橋の空きスペースの所に集結し、ポリンカーに声援を送り、「ここだぞ!」と声を掛け、手を振った。

ポリンカーは、その光景を目の当たりにし、その時既に大量の汗をかいていたのにも関わらず、更に両頬を大量の汗が伝い落ちて来た。
瞳からの汗だった。


本来なら敵同士であるはずの選手たちが、この時ばかりは一体となり、ポリンカーに声援を送った。

頑張れ!
頑張れ!

考えてみると異様な光景である


帰着時間は刻々と迫る

間に合うか

無理か?

しかし、選手たちの声援がポリンカーの背中を押したのか、奇跡が起こった。

間に合った。

本当にギリギリだった。

桟橋に帰り着いたポリンカーを沢山の拍手が迎えた。

本当に、この瞬間、この桟橋の一角だけ、とんでもなく皆が一体化していた。
まさに奇跡だった。

ポリンカーは言った。
「いやぁ~、何か、もう優勝した様な感じです。心の優勝です。皆さん、ありがとうございました!」

また桟橋が沸いた。
そして、東条湖が泣いた。


次の日、試合本番、アロハを着た選手が、ノーフィッシュでフィニッシュしたのは、ご愛嬌である。



これが後のタッパリングに繋がる伝説の序章である。


いやぁ~、トーナメントって本当にイイもんですね。
それでは、また来週。
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コメント

 
タッパリングのルーツ、しっかりと読ませていただきました!

こんな歴史があったからこそ、あの”桟橋にいたら声援を送らずにはいられない”漕ぎっぷりがあったんですね・・

備えあれば・・
私のライブウェルのフタがデビューする日も、そう遠くはないかもしれません
TNKさん
恥ずかしながら、こういった歴史があったんですわ。
まぁマジ話、いつも積んでおられるとは思いますが、パドルの一本くらいは積んどいた方が安心でしょうね。

コメント

 
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